東京春音楽祭「子どものためのワーグナー」『さまよえるオランダ人』

3月21日(木)に初日だった「子どものためのワーグナー」の『さまよえるオランダ人』に行って参りました。

 

(会場)
東京駅、大手町からすぐの三井住友銀行東館 ライジング・スクエアは大きなビルなのにもかかわらず、駅や付近の周辺地図にあまりちゃんと出ていません。
東京駅からですと、丸の内口→皇居方面へ→日比谷通り沿いにパレスホテルの方へ→ドトールコーヒーがあるビル…という感じです。

  (客層)
ほとんどが親子連れで、彼らだけで超満員でした!
200名はいたとでしょうか。
初日だったためか、関係者席が多めなせいか、かなり詰めて座りました。
前売券を購入したとはいえ、大人の身で貴重なスペースをいただいて申し訳ないくらいです。

 (キャスト)
指揮:ダニエル・ガイス

オランダ人:友清 崇
ダーラント:斉木健詞
ゼンタ:田崎尚美
エリック:高橋淳
マリー:金子美香
舵手:菅野敦

管弦楽:東京春祭特別オーケストラ
音楽コーチ:ユリア・オクルアシビリ

監修:カタリーナ・ワーグナー
   ダニエル・ウェーバー
   ドロシア・ベッカー
編曲:マルコ・ズドラレク
演出:カタリーナ・ワーグナー
美術:Spring Festival in Tokyo
照明:ピーター・ユネス
衣装:Spring Festival in Tokyo
   (オリジナル版<2016 / バイロイト>:イナ・クロンプハルト)
プロジェクト・マネジメント:マルクス・ラッチュ
芸術監督:カタリーナ・ワーグナー

 (時間配分)
時間は一時間ほどでした。

 (字幕)
字幕はドイツ語はもちろん、日本語もありませんでした。

(歌と台詞)
やはりオペラですので、台詞よりも歌がメインで比率としては歌が八割、台詞が二割でした。時間的にやむをえないのでしょう。説明は舞台の展開でカバーしていました。

ワーグナー協会の例会で歌ってくださった友清氏はもちろん、ほかの方々も歌・演技ともに素晴らしかったです。
オランダ人とダーラントの掛け合い、水夫の合唱、糸紡ぎの合唱、ゼンタのバラード、ゼンタとエリック、オランダ人とゼンタの二重唱、祝宴とノルウェー船の合唱、エリックのカヴァティーナ、最後の場面…と、名場面はすべて網羅してあります。

『オランダ人』は合唱も魅力的な作品ですが、合唱はもちろんありません…。
ノルウェー船の男性達の歌はダーラントが、糸紡ぎの女性達の歌はマリーが代表して歌います。
オランダ船の合唱は録音で対応していましたが、幽霊らしく不気味に聴こえるよう工夫されていました。

 (パンフレット)
アンケートやチラシと共にパンフレットが無料で配布されました。フルカラーで解説付きです。あらすじだけでなく、オーケストラの解説もついていました。

(オーケストラ)
ピアノがメインになるのかもと思ったら、30人編成の本格的なオーケストラでした!
嬉しいです。
(指揮)
変則的な形態での上演ですが、巧みなコントトロールで対応していました。

 

(冒頭)
「開幕ファンファーレ」はなかったのですが、冒頭にちょっとした余興がありました。
ダーラントが舵手と登場し、「手紙が入った瓶」を拾い上げて、手紙を紹介します。それは「ゲーテからの速達便」で、子どものためのオペラに寄せたメッセージという設定です。
「海がざわめき、海が水嵩を増した。船乗りは腰を下ろし、そのまま耳を澄ますと、やがて海が膨れ上がり、波の合間から鮫が姿を現す」「海底にいたのはカレイ ニシンもぐるぐると泳ぎまわる 大暴れするチョウザメは辺りを見ずに楽しげに泳ぐうちに、サメの口に飲まれていった」という詩が朗読されます。

前半はゲーテの詩「Der Fischer(漁師(Op.5-3 D 225)」のアレンジのようですが、後

半の魚達の話の出典がわかりません。
「Der Fischer」では海の妖精が出てきて漁師は彼女に魅了さえて水に引き込まれてしま

うのですが、その運命をサメに呑み込まれるチョウザメに置き換えたのでしょうか。
チョウザメは、海に棲むものもいますが基本的には川や湖に棲む淡水魚です。この魚はさらにゼンタに見立てられているのかもしれません。彼女は海の船乗りではなく、陸に住んでいます。「辺りを見ず」というのもゼンタの性質に一致しています。
海の精=オランダ人に惹かれて、サメの口=恐ろしい海の浪間に消えていったということでしょうか。
ダーラントが帰宅した時の台詞からして、チョウザメキャビアを産むものとして恐ろしいけれども恵みをもたらす存在でもあるようです。

https://de.wikipedia.org/wiki/Der_Fischer_(Goethe)

この朗読の後、ダーラントの「Was hilft's? Geduld! Der Sturm lasst nach…」の歌が

始まります。

 

(演出)
演出は言わずと知れたカタリーナ・ワーグナー氏です!
今日は初日のせいか、ロビーでお客をお迎えしていました。
舞台に幕はないのですが、最後のカーテンコールにもご登場でした。
終演後、子どもの皆様は歌手のほか、カタリーナ氏とも記念撮影できたようです。

 

(舞台)
まず、舞台は三つの部分にわかれています。
舞台に向かって左が海・船、中央がダーラントの館・ゼンタの部屋、右がオーケストラです。

 

(海・船)
左には、オランダ船に見立てたボートがあり、オランダ人は黒いシートを被ってその中に横たわっています。友清氏は、開場前からずっとそこで待機していたのかもしれません。
黒いシートは、姿を隠すだけでなく、オランダ船の黒い帆、そしてオランダ人の他者への心理的障壁を表しているようです。
ボートをまわりをデッキが囲んでおり、登場人物はその上を歩いて歌います。そこ以外は「海」という設定なのでしょう。
その辺りの壁は海図や浮き輪、非常灯など、船をイメージしたものが配置されています。

オランダ人の財宝は、作中では高価な真珠や宝石とされています。
おそらくこれはギリシャ神話の冥界の伝承に基づいているのでしょう。
今回の舞台で財宝は「金の延べ棒」でした。
三井住友銀行が会場を提供しているので、まさか本物!?と期待したのですが(笑)残念ながら、触れ合う時の音からすると金色にペイントした木材のようででした。
本物の金塊を舞台で使いたかったが銀行に断られて出来なかった、という話は『ラインの黄金』でもありましたね。

オランダ人とダーラントはこの金の延べ棒を投げたり、持ち運んだりがスムースで、かなり練習したことでしょう。特にダーラントは金の延べ棒を手にいっぱい持っているので大変だったと思います。

 

(ダーラントの館・ゼンタの部屋)
メインとなるのがこちらです。序曲演奏時からゼンタはここにいて、オランダ船の映像をテレビをずっと観ていて、マリーに咎められて、TVのスイッチを切られたりしています。

オランダ人の肖像画は、時代に合わせて「等身大のディスプレイ」になっていました。なぜか天使のような羽がついています。日本のアニメや漫画作品のグッズでよく見かけるようなものですが、アニメタッチではなくオランダ人に扮した友清氏の写真が使われていました。
日本のポップカルチャーを意識している演出かもしれません。
このディスプレイは、後でエリックが腹立ち紛れに突き飛ばされ、傾きます。

さらに、オランダ船の物語の絵本が出てきてゼンタが朗読します。

部屋の両脇は、大きく窓が開いています。
これも黒いシート同様、複数の役割がありました。
ゼンタとオランダ人の結婚祝いの場面で、電飾をディスプレイするため。
登場人物が窓から外を見ることで、相手への関心のなさや、孤独を表すため。
登場人物がオーケストラに呼びかけるという余興のため。

電飾は最初左右間違ってつけてしまったのかもしれません。というのも、途中でやや慌て気味に左右、付け直されたからです。


左側は白でオランダ人、右側が赤でゼンタです。
白が男性、赤が女性というのはクリスマス・リースの飾りでヤドリギの実の白と、ヒイラギの実の赤がイエスの人間への愛、ひいては人間の男女の愛ある結びつきを象徴しているための発想でしょうか。
オランダ人は、エリックとゼンタの場面を目撃して破談を申し渡して去る時、彼の愛の象徴かもしれない白い電飾をも千切ってゆきます。

電飾と一緒に持ち込まれたのは祝いのお酒が注がれているらしい「カップ」です。
パルジファル』の聖杯や、『トリスタンとイゾルデ』の杯同様、こちらにも愛の象徴という意味も持たされているかもしれません。

部屋の奥は、一種のブラインド・カーテンになっています。
ブラインドを開けて登場人物が出入りし、出入りが終わったら閉じて壁になります。

TV、オランダ人の等身大ディスプレイ、絵本のほか、海に関係するものとして水槽と地球儀がありました。
水槽は、ダーラントがお土産で持ってきた魚(珍しい魚?)と、金塊を入れるために使われました。地球儀は特に使われませんでした。
カーテンコールの時にエリック役高橋氏が、これらがあるため後ろの下がってゆきにくそうでした。なくても良かったかもしれません。

また、マリーの糸紡ぎ機械ですが、ミシン等ではなくて「自転車」になっていました。
運命の象徴ということで、「回転する環」であることが大切なのですね。二つの環はそれぞれ「オランダ人」と「ゼンタ」かもしれません。
マリーは「Ich spinne fort.」と歌っていますが、ゼンタの歌の時は自転車の修理(?)で環を回転させるのを止めていました。
この自転車は序曲の際にマリーがわざわざ運び込みます。
ゼンタは、この時マリーが羽織っていたジャケットを最後に着て自己犠牲を遂げるので、マリーもゼンタくらいの年ごろにはさまよえるオランダ人伝説に心惹かれていて、今も心残りなのかもと思わせました。といっても、金子氏のマリーは若く美しく、ゼンタの姉のような雰囲気なのですが。

 

(衣装)
オランダ人は、船長ファッションではなく普通のシャツとズボンです。
ダーラントや舵手達は船乗りらしい恰好です。舵手の靴下がなぜか左右で違う色でした。
マリーは上着を脱ぐと黒いワンピースです。
ゼンタは十代の少女らしい淡い色の春らしいワンピースで、結婚祝いの時は日本を意識してか、白無垢のような着物になっていました。
エリックは赤と黒のチェックのシャツにズボンです。彼の仕事はもともとの名前「ゲオルク」に寄せたのか、花か、植物を入れたザックを背負っていました。
彼はかなり出番が確保されており、カヴァティーナもほとんどフルで歌っていました。

 

(照明)
照明は二階からも照射していました。コンサートホールではない場所で制約が多い中でフル活躍していました。
音楽が始まると客席は暗くなります。
それでも観客の大多数である子どもの皆様はおしゃべりをすることなく、きちんと聴いていました。保護者が同伴していれば、もう少し下の年齢のお子様でも大丈夫でしょう。

オランダ人が最初に姿を現すあたりで、停電したかのようにゼンタの部屋が暗くなります。
二人とも、懐中電灯で辺りをうがかう動作がシンクロしていました。オランダ人とゼンタが似ている面があることが時々強調されていました。

他、オランダ船が合唱する場面は、照明が変わり、青い怪しい波動になります。
この恐ろしさにダーラントや水夫は気絶してしまいます。

 

(結末)
ゼンタは、モノローグが録音で流れた後、彼女はマリーのジャケットを羽織って、部屋から床へ飛び込むようにジャンプして降ります。例会で池上先生からうかがったカエルがジャンプするイメージを思い出しました。
そして、海である床を伝って、デッキを歩いてオランダ人のもとへと向かいます。
ゼンタを最初は拒否していたオランダ人でしたが、やがて黒いシートを除けてゼンタが差し伸べた救済の手を取ろうとしたところで終了です。手を取ったかどうかは、おそらくあえてはっきりさせませんでした。
音楽はハープがしっかりと最後まで「救済」を奏でますので、結末は音楽で語らせたということでしょうか。

 

(ニュースで放映)
この公演がTBSの「Nスタ」でニュースになったそうです。
撮影のカメラも入っていましたので、どこかで放映する機会があるかもしれません。
出来れば東京・春音楽祭のオンデマンド・サービスにラインナップされて欲しいです。

 

(今後の上演予定)
3月23日(土)11:00~ 14:00~
3月24日(日)11:00~ 14:00~

来年は『トリスタンとイゾルデ』の予定だそうです。

ところで…これも「子どものためのワーグナー」でしょうか?
YouTubeでレゴブロックで上演した『さまよえるオランダ人』の作品があります。

Lego Oper- Der Fliegende Hollander - BR-KLASSIK
https://www.youtube.com/watch?v=KUcJdPmhQG8

制作・提供はバイロイト音楽祭の放送でおなじみのBR-KLASSIKです。
魔笛』や『アイーダ』などの他の作品も拝見しましたが、シリーズ随一の傑作ではないかと思える出来栄えです!